「佐助っ!」
また来たって気持ちと、ほんの少しの嬉しさが入り混じって。
「また来たの?って怒られても知らないよ、俺様」
その気持ちを隠すように溜息を一つ、いつもと全く変わらない。
本当は嬉しくて、でもこの気持ちを知られる訳にもいかなくて。
「何度でも来るよっと、ちゃんと茶菓子もあるから縁側でお茶しよう!佐助」
茶菓子を片手にまるで自分の家のように縁側に腰を下ろして、当然のようにお茶を勧める。
「悪いけど俺様、今からお仕事があったりして。ってな訳で、真田の旦那とお茶してよ」
口ではそう言うが本当は…何て自分自身に問いかけて、思わず笑みが零れた。
「…佐助さ、俺のこと嫌い?もしくは苦手かい??」
突然の慶次の言葉に心臓が跳ね上がったのは言うまでもなく、その内容に頭がくらくらした。
「嫌いなら、わざわざ姿を見せたりしないよ…」
寧ろ全く逆の感情を抱いてしまっていて、気付かれやしないかと常にびくびくしている自分が居る。
「でも、あからさまに俺のこと避けてるし…嫌われるようなことしたかな?って思ってさ」
束ねた髪の先を器用に指に巻きつけて俺様を見る目は、真田の旦那と似ている気がして。
頼むから、そんな目で見ないで欲しい…。
「避けてないよ、旦那のただの思い込みだって!」
たまたまその時に仕事だったり、仕事…なかったり。
いつものように笑って否定の意味を表わすかのように、両手を振って。
そう、いつもならそっか。何て言って俺様の大好きな顔になるのに。
「佐助」
真剣すぎるアンタの声が、顔が…逃げるのを許さないと言っているようで。
「…さってと、真田の旦那ならもうすぐ来るからさ。俺様は此処まで!」
俺様の気持ちまで見透かすようなその瞳が苦しげに歪んで、あれ?と思った時にはもう。
「佐助!お主の部下が……慶次殿!?」
間が悪いのか良いのか、とにかく我が主のお陰で慶次から離れる隙が出来た。
「んじゃ、俺様はお仕事にってね」
わざと視界に入れないように、声が聞こえないように一瞬で姿を消した。
何時からこんなに狡い性格になったんだろう。
「はぁ~…」
「溜息は幸せを逃がすと、おっしゃった慶次殿が如何なされた?」
団子を片手に、もとい…両手に持って花より団子は相変わらずらしい。
じーっと恨みを込めて睨めば、一息付いたのかそれはもう何時もよりも眩しい笑顔で。
「佐助と慶次殿の間に入る気はないが、何やら佐助が困っておったのでな」
わざと、この喰えない男は入ってきて佐助の為の隙を見事に作った。
「流石の前田慶次殿も、お手上げでござるか?」
涼しげな顔でさらりと言い放つ姿は、何時も思うが普段とは別人のようで。
「冗談!佐助が俺のことを嫌ってても、諦めないよ…だから」
「っ…慶次殿!!?」
最後の団子に手を伸ばした幸村を制して、ぱくりと口に入れる。
(やられっぱなしは、癪だろ?)
さっきの件に関してまだ憤りを感じるが仕方ない。
「某の、最後の、団子…であったのに……!」
「さっきのお返し。幸だってされたら嫌だろ?」
先程とは打って変わって涙目で訴えてくる幸村に、独眼竜との逢瀬の時とかさ、と付け加えれば。
「む。確かに…相済まぬ。だが、某から見ても佐助は慶次殿を嫌っているようには見えぬが?」
寧ろ、慶次殿が来ると教えれば喜んでいた筈。
「でもすぐ居なくなっちゃうよ?幸が仕事はないって言ってた日も仕事って言ってさ」
最初はたまたまだと思った。
佐助を好きになって目で追うようになれば、毎回のように俺の前から消えることに気付いて。
何かした?と聞いても何時も誤魔化されて答えが聞けず。
今日こそはと佐助に問い質した所で幸が現れて。
「はぁ…」
「佐助が、慶次殿を嫌う理由は皆目見当がつきませぬ。ならば…」
幸村に肩を叩かれ振り返れば、耳を貸せという始末。
縁側で大の男が二人、茶を片手に…それ以外何もないこの状況で。
耳なんて貸さなくてもいいんじゃないかと思った。
「佐助っ、佐助は居るか!!」
慌ただしいのは何時ものことだが、今日はそれに焦りも加わっていて。
「猿飛佐助、華麗に参上っと…真田の旦那、どうかした?」
音も立てず旦那の前に降り立ち、常に無い程の緊張感に居住まいを正した。
「心して聞け、佐助。慶次殿が……」
音が無くなった。
色も無くなった。
「そ…っか、この御時世だしね。それにしても意外だよー」
俺様、声震えてないよね?
ただの怪我じゃん、意識不明だけど…さ。
「…佐助!?大丈夫でござるか??」
旦那の気遣う声が何処か遠くの方から聞こえて。
「旦那、すまねぇ!」
俺様ってこんな性格だったっけ?
「初めてかも知れぬ」
何時もの飄々とした顔から、一瞬固まり泣きそうになって。
「後はお任せ致しましたぞ…慶次殿」
幼少の頃から何かと世話になり、何時しか某と同じくらい幸せになって欲しいと思っていた。
「さて、政宗殿に会いに行かねば」
前田家に潜入するのは容易なことじゃない。
常に人よりも感覚の鋭い動物たちに守られている屋敷。
「勢いで来ちまったのはこの際として…どうするもんかな」
偵察の為ではなく慶次の見舞いだと、真正面から行ったとして果たして信じて貰えるものか。
気付かれるぎりぎりの所で様子を見てはいるが、このままじゃ埒があかない。
---ん?
ふと視線を下に向ければ、見覚えのある後姿。
それが慶次だと思った時にはもう、ひらりと降り立っていた。
本当に今日の俺様はらしくない。
「何してんの?意識不明の怪我人って俺様聞いたんだけど??」
何処かに逃げる途中だったのか、凄い勢いで振り返って…。
「∑佐助っ!!?」
避ける間もなく抱きしめられたと思えば、近い所で前田の奥方の声がして。
「ちょいとごめんよ?;」
慌ただしく手近の部屋に入って、抱えられたまま息を潜める。
って、この距離はヤバい…盗み見るように下から見上げればばっちりと慶次と目が合って。
それだけで鼓動が強く激しくなって、顔が熱くなる。
「っ…//」
音が、熱が…隠していた気持ちを確実に伝えていく。
「あ、あのさ、こんな状況で言うのも何だけど……佐助が好き//」
自分の心音が相手に伝わるように、相手の心音が自分に伝わるように。
「今、じゃなくていいからさ…ッ佐助が俺のこと好きになったらでいいから!//」
「…俺様が、好きになること前提の話じゃん。旦那の事、好きになるか何て分からないよ?//」
何処までも本心を隠して、信じられない自分が嫌になる。
「佐助が、どんなに嫌っても俺は諦めない。佐助が振り向くまで何度でも言うよ」
もう、隠せない。
「佐助が好き、あんたと恋をしたい」
「四季折々…あんたと一緒に見たらもっと綺麗に見えると思うんだ」
隠すなんて思考がどろどろに溶けて、本当の気持ちが音となって零れ落ちた。
「…俺も、慶次と一緒に見たいよ//」
春は桜、夏は祭、秋は紅葉、冬は雪。
季節が幾度巡っても、きっと…。
この時を俺様は忘れない。
fin.