優しい雪解け


政宗殿の好きな甘さ控えめの菓子も用意した。

某用の団子もある。

猫舌なのに温いのを嫌う政宗殿のために、少し熱めのお茶も出来ている。

「この上田に雪はないが、奥州は大変で御座ろうな…」

ふとした時に吹き荒れる風は冷たく、指先から熱を奪っていく。

寒さをあまり感じることのない某にはなんともないが。

「もう少し…暖めた方がいいで御座るな」

雪国であるはずの奥州。

寒さに強いと思っていたが、全く駄目だと知ったのは何時だろうか。

某と違い、すぐに冷え切ってしまうその手を暖めたこともある。

鍛錬や戦によって傷があるのは当然だが、綺麗だと心から思えた手。

低めの熱で触れるその手が、何よりも心地よくて。

「…旦那ッ!!」

振り向けば、肩で息をする佐助が目に入った。

息も絶え絶えに、なんとか言葉を口にしようとする佐助。

「どうした佐助?」

なかなか言葉にしようとしない佐助に胸の奥がざわめく。

聞いたらいけない…と思った。

聞いてしまったら、一瞬で何かが壊れてしまいそうな気がした。

「竜の旦那が…」

その一言が何処か遠くで聞こえて。

自分の鼓動と、指先から冷えていく感触だけが鮮明で。

寒いとはこういうことなのかとぼんやりとした頭で思った…。

政宗殿がいない。

そのことがこんなにも寒い。

「朝…で御座るか?」

久方ぶりに見た夢。

声も顔もはっきりと記憶に残っているのに。

「…名が、思い出せぬ」

強く猛々しく優しい…貴殿の名だけが。

夢の中では確かに呼んでいた自分。

「誰で御座ろう…?貴殿が分からぬ」

分からないことがもどかしく、それと同時に酷く胸の奥が締め付けられる。

何故流れるのか。

溢れ出る涙を止めるために、冴え冴えとした空気を吸い込んだ。

戦そのものは問題ねぇ、あと少しでケリが着くってとこだ。

(さっさと片付けねぇとな…)

時折吹き付ける風は凄まじく、刀を握る手に感覚はない。

それに加え、吹雪いてきたのか視界が全く利かねぇ。

「shit!ついてねぇ…」

これ以上深追いすれば間違いなく、いらぬ怪我人が出てしまう。

それに……。

「∑政宗様!!」

左肩から腹まで走り抜けていった痛み。

真紅に染まる視界に、てめぇから流れていく紅と体温。

「ゆ、きむ…ら」

一瞬でもアンタ色に染まったなんざ考える俺は、crazy以外の何物でもねぇ。

それでも、だ。

遠くなる意識の間、ずっとアンタのことだけ考えてた。

「起きてる?竜の旦那」

晴れはしねぇが灰色の雲を背に、見知ったヤツが居て。

「ah~?まだ時間じゃねぇだろ?」

また出やがった、生々しいくらいrealな夢。

「そうだけど、旦那は早いからね」

そこでは俺は誰かを想い続けたまま死ぬらしい。

「第一、わざわざ迎えに行く必要があんのか?」

想い続けた割には、名前が全く思い出せねぇ。

「旦那はこっちに来るのは初めてだって言うし、もう少しの辛抱だって」

駅の方をちらりと見やれば、近付いてくる人影があって。

「佐助!!」

不意に心臓が跳ねた。

「いやぁ~旦那もすっかり大きくなっちゃって」

コイツを俺は知っている。

「そ、某はもう童では御座らん!佐助、そちらの貴殿は…ッ!!?」

そして、コイツも俺を知っている。

「アンタがそうか、真田幸村」

「貴殿が、伊達政宗殿で御座るか」

今の今まで夢で見てきた相手。

夢ではなく、それは記憶の断片で。

「ずっとお慕い申しておりました、その気持ちは今も変わらず」

「Ok,そうでなきゃこの俺が惚れるわけがねぇ」

やっと記憶が繋がった。

「実に何年ぶりで御座ろう?こうして政宗殿と向き合い、話せるのは」

嬉しさのあまり抱き締めるが、嫌がることなく抱き締め返された。

「…幸村」

「政宗殿……っ」

あの日以来、寒くて何もなかった両手。

再び戻ってきたその感触に、二度と失うものかと心から誓う。

「大好きで御座る、政宗殿」

朱に染まる政宗殿が愛おしく、触れるだけの口付けをして。

触れた唇はあの時と変わらず、少し冷たいまま某を受け止めた。

何も変わらないことがただ嬉しくて。

「人目の少ない休日の朝にして正解っと♪」

嬉しそうに笑う旦那と満更でもなさそうな竜の旦那。

「ホント、妬いちゃいそ」

なぁんてね、俺様も二度とあんな旦那見たくないし。

「よい…夢を」

fin.