「旦那ッ…!!;」
「すまぬ、佐助ぇ…!」
大将への報告を終えて、慌てて旦那の部屋に入れば。
褥の上で頭を下げる旦那がそこに居て。
落ち着いた色合いの、その合わせから見える血。
「…も、何やってんの」
俺様が大将の宿敵、軍神の偵察に行っている間。
武田の領地内で一揆が起こった。
規模的には小さく、旦那はすぐに鎮圧することが出来た。
「童を助けたのだが…共に刺されてしまった」
静かに襖を閉めて、いまだに頭を下げ続けている旦那に脱力してしまう。
「ほら旦那、顔上げて…横にならなきゃ、治るものも治らないでしょ」
俺様が入ってくる瞬間に跳ね起きたのか、見事なまでに掛布が乱れていて。
膝辺りで丸くなった掛布を手に取り、掛け直す。
その時に傷の具合も確認して、ほっとした。
俺様が思っていた程の怪我じゃなくて。
「俺は…」
聞きとれるか微妙なくらい、いつもの旦那にしては小さな声で。
上体を起こしたまま、静かに己の手を見降ろして。
まるでさっきまであった体温と重みを思い出すような。
「守れなかった…」
部下から聞いた報告は、俺様自身が動揺して最後まで聞いていない。
ただ、今の一言ではっきりと分かったことがある。
つまりは…。
“助からなかったということ”
「だからって、ここで悔やんでも仕方がないだろ?」
時は戦国、守りたくても守れなかったことの方が多くて。
「……死んだ者は、生きて戻ってくることはない」
我ながら冷たいとは思うが、時代が時代だ。
人が死に、誰かを守るために誰かを殺さなければならない日常。
「佐助…」
そう旦那が、俺様を呼んだと思った時にはもう。
しっかりと俺様が存在していることを確認するかのように。
きつく抱きしめられていた。
「佐助は、俺の目が届かなぬような処で死ぬな…!」
痛いくらいぎゅっと抱きしめられ、動きたくても動けやしない。
「旦那の御命令とあらば、俺様…地を這ってでもってね」
何とか力強い腕から逃れ、旦那を横たわらせた。
「その言葉、真であるな」
「はいはいっと、分かったから怪我を早く治す…大将に迷惑かけたくないだろ?」
無理矢理にでも起き上がろうとする旦那を何とか寝かせて。
「むむっ…確かに、お館様は何と申された?」
「慢心するな幸村!!って大将も熱いねー」
大人しく褥に横たわった旦那を見届けて。
「じゃ、俺様はお仕事にってね」
何か言いたげな旦那が、口を開きそうになったのが目に入ったから。
見えなかった振りをして、俺様は旦那の前から消えた。
透き通るような青空が視界いっぱいに広がる。
さっきの旦那の約束がずっと、脳内を掠めて。
「……ごめん、旦那」
気が付けば口からは謝罪の言葉が零れていて。
さっきの約束は正直、守れそうにない。
多分きっと、俺様は消える…旦那の前から。
それこそ、俺と言う存在は最初から存在しなかったかのように。
完全に俺は、消えることが出来るだろう。
仮にその時になった時は。
無残な死に様は見せたくない。
だから
「生きてる間は旦那の傍にいるから」
気が付けば、視界に広がっていた青は消え。
真っ赤な、焼けるような紅が俺を包んでいた。
紅はいやでも旦那を思い出させる。
自分の血ですら、旦那を思い浮かべるから。
血溜まりの中で死ぬのは、思うほど苦痛じゃないかも知れない。
「佐助ぇぇええええ!!!!」
「だーもう、怪我人だってのに…」
その声に呼ばれれば。
「旦那」
「そのような処におったか、佐助」
俺様を見つけて嬉しそうに笑う紅い人。
この身に流れる血でも、旦那を思い浮かべるけど。
それよりも。
「どうした?佐助」
藍に侵蝕され、それでも俺様と旦那を包みこむ紅い光。
「旦那ってば、夕日が似合うね」
全てを包み込むような温かい紅。
ああ、やっぱり。
俺様は紅が好き。
fin.